新型コロナ:半デミック(hemidemic), NOT 汎デミック(pandemic)? vol.5

新型コロナ()ウィルス:パンデミック? 半デミック? Vol.5

 

3)事実3:感染者数の変動

グラフ③④は、感染者数と死者数の比較的短期の変動です。

日々確認された感染者を、7移動平均で示していますi

 

グラフ③ 日次感染者数(7移動平均。百万人当たり)

 

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グラフ③ 日次感染者数(7日移動平均。百万人当たり)

グラフ④ 日次死者数(7移動平均。百万人当たり)

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グラフ④ 日次死者数(7日移動平均。百万人当たり)

両グラフで目立つ異常値や動きは、所謂 「第一波」の後。

 1)南米の動き

4月以降、南米だけが感染者も死者数も一貫して増加しています。9月上旬頃まで高止まりです。

2)北米の夏場

北米にも南米を除く地域の5-9月の地域の落ち着きとは明らかに異なる時期があります。

北米(と、山は小さいがロシア)だけ、6-8月にかけ顕著な山がある。

310月後半~現在

おおむね10月半ば以降、EUも北米もロシアも顕著に増えている。

アジアやアフリカでも、スケールは相当小さいですが上向いています。

 

1)に関する仮説

まず南米については、南半球の温帯地域では5-8月は秋から冬だったことが関係していそうです。傍証となりうるのは、同時期の南米の温帯圏、プラス南アフリカやオーストラリアなどの感染者数でしょう。

 

グラフ⑤ 日次死者数(南半球諸国。7移動平均。百万人当たり)

 

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グラフ⑤ 日次死者数(南半球諸国。7日移動平均。百万人当たり)

グラフ⑤は、「日次死者数。7移動平均。百万人当たり――南ア、オーストラリア、南米の熱帯に属さない国の例(アルゼンチン、チリ、ウルグアイパラグアイ、ペルー)」。

 南アの最近の特異な動きは深刻ですがそれは一旦さておきます。

5月~9月にかけての南半球の晩秋~冬~初春は、南アでも南米の熱帯以外の諸国でも、死者が増えています。「コロナ優等生」のオーストラリアでさえ小さな山ができています。仮説の傍証とはなりそうです。

 

3)に関する仮説

前後しますが、(3)の10月以降の動きについて先に触れます。

今、北半球はは真冬です。例年であっても原種の旧型・冠(コロナ)ウィルスに感染、つまり風邪をひきやすくなる時期です。風邪をこじらせた肺炎もそれなりにありそうです。新型への感染や重症化もまた同様でしょう。

10月というのは、北半球で秋本番。徐々に寒くなる。例年通りであっても、「風邪」は増えてはをくるでしょう。

一方、南半球は目下、真夏。少なくとも4-7月のようには増えていない。

しかし、下げ止まっているのはかなり気がかりです。このことは後述します。

 

2)に関する仮説

では2の北米の感染者や死者数の異常な動きはどうとらえるべきか?

たった一年の数値から決めつけるわけにはいかない。ですが、2020年の夏場の変動を見る限り、南米の動きに遅れて増えているようにみえる。とすれば、地理的な近接性が関係しているのではないか? 新型劇症風邪ウィルスの最大の媒介者たる人の動き、いわば「人流」ゆえと仮説を立てるのが理にかなっていそうです。誰でもそう推測しますね。

具体的には、南北アメリカ間の出稼ぎや移民、帰省など。地理的近接性ゆえの人の往来の多さ。大雑把ですが、北米発・南米行きよりは南米発・北米行きの出稼ぎや移民が相当に多いでしょう。米国の人流の制限の詳細は、わたくしはまだ調べきれていません。2020年夏場までは人の往き来がまだあったのなら、北米の夏の「山」は、冬である南米からもたらされた可能性があります。

しかし、くどいようですが複数年の数値、データをみることができないので純然たる仮説ですii

 

新型冠(コロナ)ウィルスに限らず、どんな動植物の外来種と比べても、他の地域を元々の生息地、「ふるさと」とするホモサピエンスこそ、「最大の外来種iiiです。

 

 

余談: 「最大の外来種」人間と、動植物の違い

直前に「最大の外来種」という、一見ちょっと物騒な表現を引用しました。

注意すべきは、ホモサピエンスつまり人間の外来種は、動植物とは重大な違いがあることです。受け入れの是非を考える際、動植物の外来種とは全く異なる留保がつきます。

 

まず、動植物でもある、外来種到来などによる、遺伝的交流「交配」は人間にも当然あります。

また、人間も動植物の外来種と在来種同様、比喩的な意味で「光や水や餌」の奪い合いはありえます。実際、あるでしょう。

 

ですが、人間に特有なことはそれ以上に大きい。

人間になによりも特徴的なのは、今喧伝される、意思決定過程への女性や外国人の参画もそうですが、仮にそういうプロセスに関わっていなくても、異なるコトバ・知識・食文化・習慣――要するに馴染みの少ない文化文明などを人は一緒に連れてくることです。

様々な交流が様々なレベル、文化文明的階層で起きる。物理的に隣人となれば、少なくとも遠く離れた場所で暮らしているより、交流の可能性は飛躍的に高まる。あまりに当然で、「指摘」と呼ぶほどのことでもない。

無論、短期的には軋轢や摩擦も起きます。

例えば現代の日本で、仏教寺院や焼肉。

古代の豪族・物部氏のように「古来の神々を蔑ろにする」。または本居宣長明治維新直後の新政府のように「焼肉はカラゴコロの産物」・「寺の廃仏毀釈、断固貫徹」などといって損壊したり排除したりする人は……いるかもしれませんが、ごく少数ではないでしょうか?

それらのように、客、ゲストの異文化異文明は、やがて受け入れられ、ホスト国に定着する。在来の文化と意図しなくても影響しあい、混ざりあってゆく。こういう交流や混淆という現象は、コトバなど文化文明の伝達が(基本的には)存在しない動植物との顕著な、いえ、大き過ぎる違いであり、人間に特有です。

 

最近流行りの表現の、多様性/ダイバ-シティの一例ないし拡張です。

定住するつもりのお客、ゲストを受け入れたら、文化文明的な多様性/ダイバーシティは増し、長期的には受け入れ側、ホスト国の国力を引き上げます。

 

短期的な軋轢をおそれまたは衝き動かされ、長城や壁の建設、海禁や鎖国政策など交流禁止を為政者が人為的に施す。程度差はあれ可能ですし、事実ありました。そんなことをした国は、長期的には不利益をこうむる。潜在成長率などを引き下げることになる。自分たちはともかく、子孫の為にはならない。

 

長期的には、国やその領域の力を強くすることは自明だからこそ、

「文化文明の蛸壺に閉じこもるな。多様性を意識的に確保せよ」

という主張になる。いわば歴史の叡智です。

以下、多様性確保や排除による成功例と失敗例を挙げます。

 

失敗例① フランスのユグノー教徒排除

近代の入り口でいうと、カソリックによる弾圧の対象となったユグノー教徒は各国に散らばりました。ユグノー教徒が多く、かつ、当時最先端の知識人の時計職人をも多数失った、フランスは徐々に衰退していきますiv

 

失敗例② 清朝江戸幕府

ユグノー教徒の流出と同時期の、中国の清や日本。清(前の明朝も)や江戸幕府は「海禁政策」や「鎖国政策」をとった。程度差はありますが、海外との民間人の自由な往来の禁止は共通です。そのため中国では宋や元(グローバル帝国の元祖)、日本では安土桃山時代まであった、進取的で開放的な気風が社会から徐々にか、急激に失われました。

 (1)中国の海禁政策……ほぼそのまま清の終盤のアヘン戦争アロー号事件での屈辱的な敗北につながります。清、中国のその後については割愛します。

(2)日本の鎖国政策……江戸幕府鎖国キリシタン追放を行いました。

戦国時代や安土桃山末期の戦乱を経た江戸幕府当初の「日本」は世界有数の銃の保有国だったといいますv1630年代の島原の乱以降一転して国を鎖し、狩り以外の銃使用を禁じ、1850年ごろまでの220年の平和がもたらされます(儀式化した一揆は、幕末に再び暴力的になったといいます)。キリシタン追放にもかかわらず江戸文化はやがて花開きます。

しかし清朝ほどではないにせよ、四隻の「黒船」に幕府は開国を強いられ、有力外様大名薩摩藩長州藩は各々交戦して、惨敗します。

 

その後の日本は稀な偶然に恵まれ、明治維新や近代化にまずは成功します。

しかし維新後の数十年、江戸の文化遺産、庶民の文化は日本人の多くが評価せず、大規模に流出しました。明治政府に至っては否定していました。江戸的なものを否定したい明治政府はそうでしたが、もう21世紀です。国立・東京藝術大学には浮世絵、多色刷り木版画の専攻学科くらいは出来ていることでしょう。

一方、明治政府の富国強兵/軍備最優先は、250年超の軍事的・科学的な遅れを取り戻すため已むを得なかった側面は強い。とはいえvi、怖いもの知らずの世代の軍人が舵を握ると、または巨大地震や恐慌を経て庶民も「盗泉の水を飲む」ことをいとわなくなり、「坂の上の雲viiを追ったのか、転落します。

 

日本のことがでてきましたので、余談ついでに。

「歴史にifは禁物ではなく、付き物」。しかしif、シミュレーションをするとき、地理や自然的条件の制約は最低でも受けます。

「日本」は昔も今も四方八方が海に向いている。全国どこでも歩き続けたら外国より先に海にぶつかる。

しかし絶海の孤島やガラパゴス群島と同じ条件ではない。

適切な比較かどうか、イギリスにとってフランスは近い。フランスやポルトガルユーラシア大陸の西端と考えると、大陸とも近い。日本にとっては韓国や朝鮮半島は近い。ユーラシア大陸の東端は朝鮮半島カムチャッカ半島。つまり日本もユーラシア大陸に近い。地理的に海に開かれているが孤立もしていない。日本列島はヘン、いえ、フシギな島々です。

実際、行き来も1,500年以上前からある。秦の始皇帝は、不老不死の薬を求め東の果ての山に徐福を遣わし、彼は日本に定住したともされます。事実なら紀元前200年頃、中国と日本の行き来はあった。2,200年ほど前です。史書に記述がなくても交流はあった。

国を鎖していた鎖国220年を消し去りたいわけではない。「2,200年の中の220年」と眺めると年数でせいぜい1割(以下)。安土桃山の延長を歩んでいたら、現在『日本』と呼ばれる領域や庶民はどうなっていただろう?」 というifは考えたくもなるでしょう。

 

次に、成功例です。

成功例① 古代日本と弥生文化

古代の日本でいうと、縄文末期の寒冷化による縄文人の絶滅匹敵の時期の後。

朝鮮半島や中国南部など由来の人々(外来種)の来訪がありました。西日本から盛んになっていった(稲作含む)農耕文化の普及がなければ、奈良時代以降はなく、ひいては今の日本の(理想的)田園風景も、日本独特の食文化もなかったといえますviiiix

 

成功例② 第二次大戦後のアメリ

最近、20世紀のことですが、ロシア革命後や第二次大戦にかけて。特に後者の時期、ナチスなどの迫害を逃れ、アメリカやイギリスへ移民がおおぜい移り住みました。その集団や二世世代には、知識人もいた。一世代前の表現ですが「偉大な移民たちx」が多く含んでいました。有名どころはアインシュタインでしょう。

ノーベル賞の数で測れるかはともかく、英米ノーベル賞受賞者の移民・二世の比率の高さを調べたら驚かれると思います。

彼/彼女らの移住後を含む活躍や成果がかなり貢献したからこそ、おおむね現在に至るアメリカの国力の基盤がある。このことはほぼ争いがないでしょう。

 

動植物についても「外来種の一律排除は誤り」なのは知られています。

しかし、コトバやコミュニケーションがある、少なくともありうるホモサピエンスについては、その移動は、本来、動植物以上に阻害されてはいけません。

自分たちの住む国の将来の国力の衰退。それを意図的に招きたいなら、話は別です。しかし十分に知識や情報を教えられたつまり「インフォームされた」人なら、そんな選択をすることはまずないと思います。

 

 

i移動平均とは:

短期から中期の傾向をわかりやすくするため、かつ、超短期の、たとえば日々の変動にバタバタ慌てないために、(例)7移動平均なら、まず「月曜~日曜の平均」、一日経てば「火曜~月曜」というふうに、雑音やブレをある程度ならしてやる(除去するわけではなく、平均するだけ)。

均し方は、任意で決める日数や期間次第です。3日平均もありえるし、200日平均もありえます。

いずれにせよ、数値やデータ加工の領域では初歩の手法です。

 

ii「人流」という観点から、インフルエンザなどの流行を型別に遡って追跡すれば、南北アメリカ感染症と人の移動の相互関係が浮かび上がるかもしれません。

 

iii 「最大の外来種」という表現は、青山学院大学福岡伸一 教授(専門は、分子生物学)のもの。引

用は記憶に拠る。

 

iv 角山栄() 『茶の世界史』(中公新書1984)

 

v 典拠不詳。記憶に拠る。

vi

 

vii 司馬遼太郎の表現。

 

viii 鬼頭宏()『人口から読む日本の歴史』(講談社学術文庫2000年。底本:『日本二千年の人口史』。PHP研究所、1983)。

 

ix 佐藤洋一郎()『稲の日本史』(角川ソフィア文庫2018年。底本:角川選書2012)

 

x 原語は“Illustrious Immigrants.”

新型コロナ:半デミック(hemi-), NOT 汎デミック(pandemic)?vol.4

新型コロナ:半デミック(hemidemic), NOT 汎デミック(pandemic)?

 

2)事実2:死者数の格差

グラフ②は死者数(累計、百万人当たり)。集計や地理区分や期間は同じ。

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グラフ② 死者数累計(百万人当たり)

死者数もまた、世界平均を挟んで

上下への大きな乖離がみてとれます。

 

少しそもそも論です。統計は色々ありえますし、実際あります。しかしこと疾病などに関しては、一般に以下のことがいえます。

「感染者統計」 < 「死因統計」 << 「死者数統計」

の順で信頼度が上がるということです。

 

その理由は、

死者数の把握は、いかなる政府においても最優先事項である。

死者数は、かなりの情報統制国家でも対遺族、国民で嘘をつきにくい。

死因については、生前の検査体制の充実などとおおむね無関係で、各国がおおむね有事ではなく「パンデミック」も発令された状況では、死後のウィルス検出検査は行われやすい。国の処理能力を上回らない限り、圧倒的に多い生者の大規模な検査より数段行いやすい。

そう仮定/想定していい。

それに対し、圧倒的に多い生者の逐次か随時の検査は財政を圧迫する以上に、その時点での検査でしかないので、真正の陽性ならともかく、真正の陰性であっても、殆ど意味がない。

 

まず上記については、少なくともEUや北米、日本・韓国・台湾、オーストラリア、ニュージーランドなどで死者数を偽るのは至難の技だというのは見やすい道理でしょう。大幅に減らすなどの操作をしたら、遺族等が黙っていないでしょう。

しかし権威主義的な体制でも、程度差はあれ、これは意外なほどに変わらないかもしれません。そういう体制では、たとえ感染者統計や死因統計が信頼できなくても、死者数の統計にあたれば、国内における大規模な「人口動態的な何か」を隠しているか/いないかくらいは推定できそうです。

 

もちろん、それすら信用できない体制もありえます。

それどころか、現代の権威主義的国家だけでなく、民主的国家でも(第一次大戦当時と同様)戦争中なら、死者数や死因などを短期的に偽る可能性は十分にありますiii

 

身近な日本の、ずいぶん前の先の大戦中のことで恐縮です。代表的な例を二つ。

もっとも有名な部類では、300万の英靈/戦死者の2/3の死因です。餓死と病死、または栄養不足ゆえの病死です。(当時の)敵と交戦中に亡くなったほうが少数派です。知った当時は驚きました――「教わらなかった」と。

遺族には「最期まで勇猛に戦い云々」などというテンプレートが用意されていて、提供されたようです。単純計算ですが、66%の確率で死因は偽装されています。このことは今なら常識かもしれません(ただ最近までの義務教育、中学の歴史でどの程度教えられているのか。不勉強ゆえ詳らかにしません)

二番目の例は、戦争末期に甚大な人的・物的被害を招いた濃尾地震があったことです。しかし戦時の報道機関の統制で、被害者数はおろか存在すらろくに報じられなかったといいます。

これらの事例、特にそのマグニチュードにおいて、現代の日本の政治体制では、考えにくい事です。

 

そういう死因や死者の存在を偽ることは歴史上あったし、現代でもありうる。

 

とはいうものの、葬儀は人類において普遍的な儀式です。死者数だけは概ね分かるのです。しかし死因や、生者の疾病情報はやや不確実になる。

 

ともあれ、最も信頼できる(反証あるまでは)死者数統計において、

最も統計の質が高いと想定/仮定していいだろう「北米、EU」と、「日本、韓国、オセアニア(豪・NZ)」は、庶民の強いられている不便は同等か、むしろ後者のほうが緩い。なのに、後者のほうが安全。

これは少なくともこの一年を通し、一貫した傾向です。

 

なにより、単位当たり人口の死者数格差は、感染者の格差と同程度です。素朴/素直に解釈する限り、色々な検査体制の充実ぶりや、不備ぶりは、感染者や死者数の把握に大きな影響を与えていないと推測できます。

 

ナゼそんな一見常識に反することが起きうるのか?

アクマデ1つの仮説です。人は自ら行動するし、行動も変わるから、ではないでしょうか?

例年なら、風邪のような症状、少々の発熱程度では医療機関にいかない、いく暇がない人もいるでしょう(アメリカならそれが普通です)。

だが今は政府などの告知効果、ネット・電網上の情報の「ヴァイラル、すなわちウィルス感染のような」拡散があります。自主的に、又は家族に促され受診する。行くようになった。変化した。なので自ずと捕捉されやすくなったのではないでしょうか。

 

まとめます。

平行宇宙での出来事……とまではいかないですが、グローバルにみる限り、

「パン(汎)デミック」よりは、「ヘミ()デミック」と呼ぶにふさわしい。

少なくとも一年経過した時点では、それが事実に最も近い。

 

 

 

 

iスペイン風邪」は、まだ微生物などの感染症学が揺籃期だった(電子顕微鏡でウィルスの姿が確認されるのは1930年代)こと。戦時下の兵士の密集生活。塹壕戦や毒ガスなどによる不衛生、死の恐怖という最大級のストレスなどが感染拡大の余地を広げました。なにより参戦国の戦時報道統制や検閲が被害の実態を知ることを妨げ、感染拡大を許す格好となった。科学的に正確な報道は、感染拡大予防のアルファでありオメガです。

 

ii 戦時下報道統制や検閲、プロパガンダまがいの報道の助長は、ソフトな形を含めたら多くの民主主義国でごく最近でも行っていたとされます。「他国は推して知るべし」か「それらの国こそ欺瞞的」か。それは本稿の論旨を越えてしまいます。

 

新型コロナ:半デミック(hemidemic), NOT 汎デミック(pandemic)? Vol.3

新型コロナ:半デミック(hemidemic), NOT 汎デミック(pandemic)?

はじめに:

新型・冠ウィルスを社会や世界共同体が広く認知してから11か月以上、ザっと一年経ちました。いまは1月中旬。始まりの月です(太陽暦では)。昨年の振返りが有意義とされる時期です。今のところ判明している事実。そこから個人的合理的に推論できたコトや仮説を整理したいと思います。

なお、小論の指針については文末に譲りますi

 

1)事実1:感染者数(単位人口当たり)の 格差

 グラフ①「新型・冠(コロナ)ウィルス感染者数(累計)」

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グラフ①「新型・冠(コロナ)ウィルス感染者数(累計)」

 グラフ①は「コロナ()ウィルスiiの感染者数(累計)iii」。

「世界、アジア、アフリカ、オセアニア、北米、南米、EU、ロシア、日本、韓国」。「人口百万人あたり」に換算。期間は「2020.02.01から2021.01.07まで」。

 

一目瞭然ですが、同じ人口に換算して比べると、感染者の数ないし比率が違います。それもかなり。

いわずもがなを一つ。生の数字を単位当たり――この場合は人口――に換算することは大事です。というより初歩中の初歩です。例えば日本国内で心疾患の患者数を、人口が集中している首都圏・京阪神などと人口過疎地域で単純比較してはいけないのはわかりやすい。「単位当たり」という考え方は2010年代でも小学校5年ぐらいで習うことです。大人にとっては常識でしょう。

 

こういう基本的な加工で国際比較すると(但し2021.01.07までの集計)

世界平均の累計感染者数は、百万人当たり約11,000人。

 

北米は同41,000人ほど。EU、同35,000人超。南米、同31,000人ほど。

アジア全体では同5,000人未満。

アフリカ、日本、韓国は、同2,0002,500人。オセアニア1,000人未満。

くどいようですが「百万人当たり」。日本のナマの感染者数の累計は、2,500×125(=総人口:12500万/100万)になります。

 

北米は、世界平均の約3.5倍。EUも約3倍。南米も3倍弱。

日本などアジアは、世界平均の1/41/3にとどまります。

北米やEUは、オセアニアやアフリカ、アジアと比べるとザっと 1030倍の被害です。

 

パンデミックとはいえ少々の乖離はあって当然でしょう。時間差もありうる。

しかし、(推定)震源地に近い日本や韓国、広くアジアで、北米に遅れ感染拡大があると考えるのは無理がある。むしろ、先行するハズ。

ナゼこれらの地域、特に統計がまずは信頼できる韓国や日本で感染者数がこうも少ないのか? 不思議ではないでしょうか? 少なくともわたくしは不思議です。

 

もちろん!

あくまで「確認された」感染者数です。

 

日本のように(?)先進国であっても、PCR検査が必ずしも充実しているとはいえない国もありますiv

すなわち、検査という網を財政が許す限り広げていて、かつ、正直に申告している国。どちらかそうでない国。それらを単純比較してはいけない。

 

そんなことをすれば第一次大戦の「スペイン・インフルv」の、スペイン由来呼ばわりの過ちの二の舞です。中立国スペインはインフルに感染した王族の容態含め、正直に報道したので悪名高い名前がついたのは有名です。今ではただの印象論というのが通説ですvi

 

こんな印象論を含め、一見もっともでも実は怪しい議論を見破るのは、民主体制の市民・有権者の責務です。義務教育で授かった知識は、そのためにこそ役に立ちますvii

 

日本の下方への乖離については、すぐに思い浮かぶ(だろう)仮説は、

(1) (アルコールなどを含む)手洗い、少なくとも綺麗な真水があること。

(2) マスクの習慣(花粉症の思わぬ恩恵)。

(3) キスハグ文化のないこと。 などでしょうか。

 

しかしそれを補ってあまりある、不利な条件ないし事実がたくさんあります。

(1) 世界一の高齢化社会を抱えている。感染症に脆弱な年齢層の比率が、世界一高い。

(2) 世界トップ級の人口密度。つまり、「国として『密』」。

(3) 震源地とされる中国本土から地理的に近く、昨年まで数年間、旅行客や買い物客が大量に来訪していた。

――まず、この三つの不利な条件・事実を疑えるならどうか疑っていただきたい。そしてそれらの危険がどう回避されたか、ご教示してください。比較的無理なく疑えるとしたら1つだけ。震源地は中国ではなく(実は)遙か遠くの国というくらいでしょう。

またマスメディアをにぎわせている通り、

(4)中央政府・地方政府は決して無策ではなかったにせよ、説明不足がなによりも祟り、不満やチグハグ感または両方が残るような施策しか講じていない。

(5)海外の国家独占の、ホントウの暴力つまり武器を携行した警察などを駆使した厳しい措置に比べたら、甘々な「自粛」。ボランティア的な営業時間短縮。その「要請」。

(経済的に)安心して休めない、(健康面や風評で)安心して営業もできない。

情報強者が、インフォームつまり十分な説明もせず情報も与えずに、庶民にそんな選択を強いてどうしろと?

 

つまり、好条件と悪条件だけを並べたら「ああいえばこういう」の水掛け論。しかし現に、直接的な健康被害に限れば、世界有数の低さです。

北東アジアについていうなら、台湾は別格ですが、ITによる監視を成功裏に利用しているとされる韓国と目立った差がない。

この事実は、その手の監視が不要。または、日本のナニカが韓国と共通。または両方。そんな示唆をしています。

 

日本の状況は、昨年を通じて世界から不思議に思われています。

証拠(1)たとえばある専門誌viiiは、20205月号で初めて新型・冠(コロナ)ウィルスの特集を載せています。その最初の特集論文の一本は、日本の感染者の相対的な少なさの謎についてのものでした。

証拠(2)また昨年初夏の、日本の財務大臣への非礼な問いかけもありました:

趣旨を損なわずに戯画化して言い換えると、

「被害が少ないの、日本がワクチンを持ってるからだろ? ガメてねーでウチの国にも分けてくれよ」

民度の違いだよ(バカヤロー)

 

悪魔で戯画的な表現です。

しかし先方の問いかけはやはり「非礼」ですよね?

少なくとも財務大臣の振り返りによる限り、日本がワクチンや特効薬などを昨年7月時点で持っていて、自国民のためだけに使い、貯め込んでいるという前提、意味合いを必然とする問いです。しかも複数から(らしい)。

日本がそんなアコギな自国利益第一主義であると見なすのは、非礼でしょう。

その返し:「民度の違い」……その当否と適否はさておき。

 

少なくとも日本の状況は、当時も今も桁違いに苦しむ海外諸国から不思議の眼で見られており、現状流布している説明では、説明がつかない。

 

財務大臣に非礼な質問をぶつけた海外の当局者は、内外の感染や死者情報を必死に集める中、日本というとんでもない悪条件を跳ね返している(ようにみえる)国を知った。

いろいろ検討しワクチンじゃないかと思い「持ってるんだろ?」と聞いてしまった……のかもしれない。その裏の意味合い、非礼をつい忘れるほど必死だった。それなら同情の余地が生まれます。

民主制・君主制を問わず、まっとうで独立した国家なら国民やその支持を維持したい。だから政治家や君主は頑張る(ハズ)

 

実際当時(も今も)北米やEUや南米は桁違いに切羽詰まっている。

昨年と変わりありません。

 

 

 

i1)疫学の分析手法は、計量経済学や統計と極めて近く、医学の門外漢のわたくしでも発言する余地があります。

2)唯一最大の媒介者である人をウィルスそのものと同程度の比重で考える。

3)確認できかつ信頼できそうなデータをなるべく虚心に見る(「100%虚心」はあり得ないが)。

4)仮説をあれこれ思い浮かべる。または否定する。汎用性のある仮説も地域特有の仮説も。

5)次に、因果的妥当性の検証または反証、もしくは確定の不可能性の確認に移る。ふるいにかけられ残った有効そうな仮説は、実験が難しいこともあり、統計の数値的検証かそれ並みに、説得力や納得感がないといけない。

6)とにかくともかく「後知恵のトラップ」 にハマらないよう気をつける。

7)必要なら一次的前提や普段はあまりに当然視している「大前提」を疑う、わずかな勇気をもて。

 

iiウィルスはRNAだけで己れを宿主細胞に複製させる。DNAの螺旋状の塩基対による制御を伴いつつ複製する人などの動物とは異なります。(二重螺旋の対がないので)人と違い、多少の突然変異はウィルスには日常茶飯事。いわばウィルスの多様性確保の戦略です。有性生殖を多様性確保の核とするようになった人類などと同列視しない方がいい。

 

iiiなお「確認感染者数」は、「PCR検査などで(少々の変異はあれ)RNAの型が一致するウィルスが検出されたことを確認できた感染者」を指すのでしょう。

 

ivとはいえ、そもそもPCR検査は抗体検査と異なり、たった数日、数時間後で(例、検査を受診した医療機関の帰り道で罹患)意味を失いかねない。重きを置くのは、控え目にいって合理的とはいえません。

 

v諸外国と感染症史上は「スペイン・インフルエンザ」が正しい。日本の国立感染症研究所もそう呼んでいます。なのに日本ではいまだに一般にまたは大手マスコミでも「~風邪」と呼ぶ。現代の素人レベルの知識でもかなり誤解を招く名称を改めないのはフシギです。

 

vi想像もつかない目的や陰謀で、被害が自国や世界で深刻だという印象を与えたい国などがいる可能性も皆無ではないかもしれない。しかしわたくしはそういう陰謀論は好みません。

 

vii「国内感染ゼロ」を標榜する最優等生の台湾でも、少なくとも12月には、国内の病院に感染認定されて隔離されている人が何人もいます。感染者は近隣の諸国から輸入している単純労働者に到着後、陽性反応が出たためです。しかし彼/彼女らは外国人。なので「国内感染」扱いされない。統計区分の妙技というか、台湾国内で感染したのではないならば嘘ではない。しかし出国時に陰性だった人もいるならば、偽陰性の可能性かもしれません。いったいどこで感染したのか? 疑う余地はなくはないでしょう。

 

viii EMBOMay, 2020号。

 

新型コロナ:半デミック(hemidemic), NOT 汎デミック(pandemic)? vol.2

グラフ①「新型・冠(コロナ)ウィルス感染者数(累計)」

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グラフ①「新型・冠(コロナ)ウィルス感染者数・累計」

 

(Original English text will follow this mechanically translated Japanese.)

Sneak Peek本文チラ見せ、”teaser”

 

グラフ②をご覧下さい: 冒頭に掲げた新型・冠ウィルスの(確認)死者数です。

累計数字です。地理区分は「世界、アジア、アフリカ、オセアニア、北米、南米、EU。ロシア、日本、韓国」。「百万人あたり」に換算。期間:03.01から01.07まで。

縦軸は普通の目盛りi。 原データはジョンズ・ホプキンズ大学(米国)の集計。

i「線形目盛り」。に対して「対数目盛り」がある。加算でなく掛け算、倍率が等しいと等間隔になるように加工してある目盛り。

 

 

グラフ②「新型・冠(コロナ)ウィルス死者数・累計」

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グラフ②「新型・冠(コロナ)ウィルス死者数・累計」

 

ちなみに”World”すなわち 世界平均 では、累計で人口1,000,000人当たり10,000人程度の感染者。 死者はやはり累計で1,000,000人当たり250人程度。

 

なにより、世界平均を挟み……上に大きくブレている地域 と 下に大きくブレている地域 があるのが明らかですi

 

日本(や韓国)が世界平均並みに脅威にさらされているなら、世界一の高齢化国、日本の場合、既に(または、今後?)死者は30,000人程度になっていなければおかしい。実際はそうなっていないのは、気候に阻まれていた可能性もありますし、高齢者集住施設での大規模な集団感染が少なかったからでもあるでしょう。

 

やや前後しますが、わたくしはなぜ死者数を持ち出したか?

 

よくいわれ、かつ知られていることですが、「確認された感染者数」は検査体制に大きく依存します。

しかし検査は予算の制約もあるし人材や場所の確保が困難なこともある。政治的な理由もあるかもしれません。理由の詮索はともかく、原理的にはブレやすい。その結果に格差があるとしても、それぞれの地域の実態を正確に反映しているとは断定しづらい。

 

しかし一般にはこうもいえます。

「感染者統計」 < 「死因統計」 < 「死者数統計」

の順で信頼度が上がるということです。

そこで二番目の「死亡者数(百万人当たり)」を登場させました。各国の実態の差が――少なくとも感染者数統計よりは――正確と想定してよい。反証あるまでは。

 

死者数は地域によって 「10倍~30倍の格差」 があるとわかりますii。この差は、100万人当たりの感染者数の格差とほぼ同じです。

たしかに検査体制には国ごと、地域ごとに格差があること自体には争いがないと思います。しかしそのありえる格差を考慮しても、致死率の格差は感染率のそれをほぼ反映してるようにみえる。

とすれば、最も回避すべき被害である死亡は、検査体制の充実どうこうとは無関係の可能性がある。

 

 

i中にはロシアのように上ブレしているけれど、程度はそう大きくない地域もある。

 

iiもちろん政治体制などによって、感染者統計ほどでないにせよ、死因統計もやはり信頼できなさそうという国はありえます。

 

 

 

 

i中にはロシアのように上ブレしているけれど、程度はそう大きくない地域もある。

 

iiもちろん政治体制などによって、感染者統計ほどでないにせよ、死因統計もやはり信頼できなさそうという国はありえます。

 

 

 

 

 

 

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新型コロナ:半デミック(hemidemic), NOT 汎デミック(pandemic)?

(Original English text will follow this mechanically translated Japanese.)

 

新型コロナ:半デミック(hemidemic), NOT 汎デミック(pandemic)?

 

Orig.: Novel Corona/New Crown Virus: Pandemic or Hemidemic?

  

11か月経ち、今般「新型・冠ウィルス」による被害は世界一律ではないこと。むしろ気候や地理などで二極化もしくは多極化――この事実が余りに、又はいよいよハッキリしてきた。

  

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グラフ②「百万人当たり・死者数(累計)」ii

 

 重役のための要約 (Executive Summary):

 主要な論点は5つ。

 

1パンデミックではなく「半デミック」

 新型冠ウィルス流行はパン(汎)デミックではなく、半デミックと呼ぶのがふさわしいiii

少なくとも多極化しています。南北アメリカEUとアジア、アフリカは同じではない。また「アフリカ」といっても、熱帯アフリカと南北両端の温帯アフリカは同じではない。その国ごと、その地域ごとで気候一つ、血液型分布一つとっても、違うのです。

したがって共通の正解や「正しい政策対応」は……ありえませんiv

 

2)「良くなる前に悪くなる」

北半球は今が寒さの本番。目先、2月半ばごろまでは風邪の変種である新型・冠ウィルスの被害は目先はまだ拡大します。その度合いも、対応が必要か不要かも、国や地域によって異なります。

日本に関しても、例年、1月は最も寒く、死者も最も多い月です。寒さを侮ってはいけません。くどいですが、例年通りでも、1月は(様々な理由で)死者が増えるのです。

 

3)だが「冬来たりなば春遠からじ」

しかし「冬来たりなば春遠からじ」はもまた真理です(または「まだ」)。

1月中の、目下の寒さは、もちろん12月下旬までの日照の減少の反映です。しかし昼が最短になる冬至は、2週以上前に過ぎました。

たとえ地上からみると厚い雲に覆われていても、雲の上はいつも晴れ。今まさに日照は(北半球では)徐々に増えています。

なので留保はつきますが、2月半ば以降に暖かくなって所謂「風邪をひきにくい」季節になれば、「第三波」は終息するとみてよいでしょう。

  

3)最良の報せ: 致死率の安定

 当初は医療体制の差などで致死率が大きくバラけていました。しかしここのところ収斂ないし安定してきています――低い方に。

これは何を意味するか?

被害に応じ、必要ならばストップ&ゴーを機動的に利かせていけば、北東アジアなど被害が小さい地域から順次「古い普通」に復していけるハズだということです。

 

4)アジア、アフリカ、オセアニアの市民の責務

 「国際輿論v」というものが現在あるとして、最も影響力があるのは依然、英米EU

これには異論はないと思います。その地域の論調はしかし、自国や近隣の被害実態中心に組み立てられる傾向がある。又は、ありうるvi。比喩的にいうなら、一種の「自国バイアス」でしょう。

なので、少なくとも被害実態があまりないアジア、アフリカ、オセアニアの国、特に民主制の市民はアタマを冷やし、新型・冠ウィルスに関する事実を自国の時系列だけでなく、他国、自他の他の感染症との被害と比較、対応も比較するなどして、当面の対策の必要性やその度合をゼロから見極めることが求められます。

更に、対策には(予期せぬものも含め)副作用がつきものです。副作用とのバランスも当然考えなければいけません。

「専門家」や床屋政談に人生や仕事の重大な決定を委ねてはいけない。あなたやわたくしが政策の当否の決定の主役です。それを忘れたら……無用の動揺に付け込む内外の勢力がいるような場合、いいように弄ばれるだけでしょう。

 

 

i 「冠ウィルス」は試訳。「コロナ・ウィルス」のcoronaの原義がcrownKrone、冠に相当することによる。日常語的には新型コロナを「コロナ」「コロ」と呼ぶ用例もあるが、正確さには欠ける。

 

ii以下、データ加工はourworldindata.orgのグラフ作成機能ページに拠る。

iiiPun、駄洒落を言ったみたいになったのはお詫びします。ちなみに「その格差はなにゆえ?」というのが次回の電網日記の主題です。

 

iv比較的共通の「正解」はワクチンです。しかし水虫と同様、種々の風邪ウィルスや変種に対する安全なワクチンは開発できなかったのが近代以降の医学150年の歴史です。更にいうなら、人類という種の長期的な生存のため、ウィルスという遺伝的多様性の媒介者を排除するばかりでいいのか? 論争があります。

 

v輿論」とは戦前日本で”public opinion”の翻訳として定着した訳語。戦後は「輿」の漢字がマスコミなどで使用しにくくなり「世」を当て字にしている。

vi被害実態の「自国バイアス」に限らず、特定の国や地域でしか流布していない論調、根拠に薄い健康法、まじない等――色々ありえます。

 

Thus Spake Kaiki Deishuu -貝木泥舟-, the con-man (fan translation)

From ”Koyomi Monogatari (暦物語)” by Nishio Ishin (2013, Kodansha-Box, Kodansha).

 

 

Thus Spake Kaiki Deishuu -貝木泥舟, the con-man

 

 

‘“Will o’ the wisp tales, bizarre stories, old wive’s tales. Such demagoguery goes rampant especially when your mind is confused. Confusion means you’ve lost your sense of security, your anchor. A period when there’s no dominant trend…..Araragi, tell me. What kind of dupe do you think a con-man goes after, with all his BS?”

 

Wha, what are you…..I mean, I don’t want to think about such awful stuff.”

 

Come on, be a good sport.”

 

Hey, don’t demand these damn stuff! Well…..rich dudes, right? You hunt the affluent, don’t you?”

 

That’s what a good person would think; but you know, satisfied men aren’t that susceptible to fraud. Material satisfaction gives you a peace of mind: you’re calm. So a con-man goes after dissatisfied guys, people who have difficulty making ends meet.”’

 

 

‘“Let me give you a piece of advice. If something inexplicable catches on-- suspect the age you’re in, the ground you set your feet on. Think that something ominous and dreadful is looming down the road. Whether that something was intentionally started or spontaneous, no matter. It means your times are engulfed by this vacuous darkness.” ‘

 ‘”I gave away a very, very important trade secret. You have to pay me extra, of course.”’

Japan Political Economy (memo)

A personal memo by an outsider.


The Japanese economy, or the last economic expansion is
over, whatever the cabinet office says.

That said, we can't be sure whether it will bottom out
soon (or already).

Too much depends on the political process in and outside Japan.

Inside Japan, it's a qustion of what the gov't
does or doesn't going into or after the upcoming July
Upper House elections.

And that means the scheduled tax hike.

(1) If "commitment" means "to commit," then we ain't seen nothing
yet.

(2) But if the bluffing game seen in the recent past is again
chosen, we maybe near the end of a temporary "dip."

(3) (what follows is more or less speculation)
An alternate pattern to (2) is that though his loyal staff want
him to take path (2), the PM isn't willing.

Though we can't be sure, it's probably his last term
-lame ducks, anyone?
Depeding on the election outcome, we may witness
another extension of his term as leader of the LDP.
No, this is not about anothe G-7, oops, G-8, country.

He may have lost the passion and/or hopes for
amending the 1946 Constiution.


Indeed, assuming current public opinion polls are useful,
the Japanese people support his economic programs aright,
but just don't share the same antipathy towads the
"Constituion that was forced on us," especially the elderly
AND the young,

Whatever show of arrogance, he may actually be stressed out.
For example, being harshly criticized by your college mentor
and alumni sniors(if in an interview by a liberal-leaning writer,

"The Abe Family and its Three Generations")
can weigh on you - on anyone.

 

He's basically a member of the establishment, and as such,
probably values reputation within that circle.

As an aside, the above trait, if it indeed checks any rash actions,
won't apply to a cast-out or would-be "avenger" politician.


So. We'll see.